【療育】「教育」と「療育」ってどう違うの? 療育的アプローチの方法の例

2018年11月6日

こんにちは「なおはる」です。

僕は障害児に関わる仕事をしています。
以前からこのサイトを読んでくださっている方、しつこくてすみません(笑)

障害児に関わるといっても子供に対するアプローチの方法って実はいくつもあって、考え方によって変わってくるんです。

例えば、「教育」から見るアプローチの仕方・見方・考え方

「療育」から見るアプローチの仕方・見方・考え方

って似ている部分もあるけれど、異なる部分もあるんだということです。

どちらが良いというわけではなく、子供たちにとってはどちらも必要なものです。

障害って何だろう?

僕が関わっている子供たちは、重さの程度は様々ですが、何らかの障害を抱えています。

ここでいう「障害」とは本人の持つ特性による生きづらさという意味も含まれます。

診断が無いだけで「生きづらさ」を抱えた子供はたくさんいます。

また、障害の診断が無いから苦手なものがないとか、普通に生きていけるというかというとそうとは限りませんよね。

子供一人ひとりが抱える困り事は、障害の特性に関わらず誰でも抱えているものであると僕は考えています。

「障害があるから難しい」とか「障害があるから仕事が難しい」という思い込みが僕は一番怖いことだと思いますし、学校教育においてはこの考え方をしている先生が多いような印象を受けます。

 

教育的アプローチ

例えば、「3ー1=2」を理解して欲しいと思ったとしましょう。

きっと学校では、教育的アプローチとしてプリントを用意し、そのプリントを使って教えることでしょう。

ではもし、そのプリントにすら向かうことが難しい子供だったらどう教えますか??

 

きっと多くの人は「無理やり座らせて教える」「座るまで待ってから教える」「道具を使って教える」といったアプローチを思いつくのではないですか?

それは実は教育的アプローチだと僕は思うんです。

教育とは「教」という漢字からわかるように「教えていく」ことです。

でも、3-1=2という概念がわかればいいんだから、教えるにこだわる必要はないと思うんです。

 

療育的アプローチ

では、療育的なアプローチを交えるとどうなるでしょうか。

ちなみに、「療育」とは治療教育のことで、脳の発達を促していくことが目的です。

つまり、色やにおい、味などの五感を刺激するというアプローチになります。

遊びや活動のなかで行われることが多いです。

本来療育の考え方には「教える」という概念は含まれていません。

よって、もし療育的アプローチをして「3-1=2」を教えるならこうなります。

 

①その子が興味のあるもの(実体を伴うもの)を3つ与える。

②今「何個持ってるの?」と尋ね、「3個!」という答えを引き出す。

③「じゃあもし、1個無くなったら(食べちゃったら)何個になる?」と問う。

 

ちなみに、与えるものは五感を刺激するものがいいです!

このアプローチをするときのポイントは、勉強するよという雰囲気を出さないことです

あくまでも遊んでいるとき(活動中)に自然に取り入れるんです。

また、よく読んでもらえると気付くと思うのですが、この会話の中には「3-1は2になる」ということを教えていません

答えは、子供自身が考えて導き出したんです。

大人は、問いを与えただけなんです。

この流れだけで、「3-1=2」という概念がわかる子供は大勢います。

僕の実体験では、多動で5分ですら机に向かうことが難しい子供に実践しました。

方法は、施設で育てていた「はつか大根」を自分で3つ抜かせ、「もし、○○さんが1つ食べたら何個になるの?」

と問うただけです。

ちゃんと「2個!」と答えてくれ、「もう一個食べたら1個!」とも答えてくれました。

自分で抜いた「はつか大根」を使ったことが良い刺激になり、スムーズに答えてくれたと考えています。

 

「3-1=2という概念がわかる」という本来の目的を達成させたい時に、

「教える」ということに縛られずに目的を達成することは十分可能なんです。

ゴールは同じでもアプローチの方法は子供によっていくらでもある。

という考え方がとても重要だと僕は常々感じています。

そしてそのアプローチの方法に正解はありません。

 

あなたはどんな方法で「3ー2=1」を理解させますか?

 

 

 

 

 

 

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療育

Posted by なおはる